とりあえず、つくる。

 7月24日、全15回の特別講義[みらいのデザイン]最後の講義は株式会社サイトフォーディーの代表取締役である隈元章次さん。

site4d.jp

 

 もとはWEBサイトなどを手がけていたようだが、現在は様々な情報を可視化しその情報を元に新たな経営戦略など、サービスを提案している企業だ。

有名な大企業から、様々なプロスポーツ、音楽業界など今まで行われていなかった分野の情報を可視化して売上を上げたりそのチームを勝たせるようなことをされている。 

 札幌ドームのオーロラビジョンなどは代表例で、今まではただの白黒のスコア表だったものを、両球団の選手の打率など今までにはオーロラビジョンに表示されていなかった情報を見せるようなことを行なったといったような話をお聞かせいただけた。

 「企業名は非公開で」というくらい部外秘の内容まで聞けたのは、非常に嬉しかったしためになった。

 

 

 学生からの質問の中に、「どのくらい時間をかけているのか」というものがあった。この質問に対して、「ほとんどかけてない。クライアントとの最初の会議でほぼ決まっている」という回答をされていた。

 これ以外でも「まず作る」ということをとても強調されていて、どうしてそこまで早くアイデアというか作るもののイメージが出てくるのかと不思議だったが、それは「仕事の話が来る前からたくさん作ってるから」ということを聞いて、そういうことか、と納得した。

“仕事の話が来て、そこから取り掛かるとプレッシャーも大きくなる。けど、前から準備できてればプレッシャーは小さくなる”

この言葉を聞いて、自分ももっとアイデアというか、知識を広げていかなければと改めて思った。

「とりあえず、やる」

これをキーワードにこの夏からも頑張っていきたい。

デザインの歩みと…

 7月10日の特別講義[みらいのデザイン]の講師はタイポグラフィエディトリアルデザインのプロ中のプロ、中垣信夫さんだった(中垣デザイン事務所)。

また、ミームデザイン学校というデザイナーのための最先端技術を学ぶ学校を立ち上げた方でもある(MeMe Design School 2017)。

 

“アナログな私、デジタルな貴方”

というタイトルで、1940年ごろから現在に至るまでの歴史と中垣さんが歩んでこられたデザインを混ぜつつお話いただいた。

 今のようにパソコンなんてものはなく、活版印刷でポスターなどを作っていたという。頭の中では理解しているつもりであっても、今のような情報連絡手段がない時代の印刷過程を実際に見るとその凄さというか、アナログ技術の凄さを思い知らされた感じだった。プリンターなどもないために、今のように完成形のデザインを印刷して関係者に見せることができず、各所に色の配合具合などを指示した別紙もあるなど、社会の一戦での仕事の一片を垣間見た気がした。

 さらに、将来のことについてもお話いただいた。今話題の「AI」という技術の社会進出の影響や、その結果どうなっていくかということを、デジタルのない時代からデザインに携われてこられたプロの視点からお聞かせいただいた。

 

 

 

 お話の中で、自分にはなかった考えがあった。それは、

“デザインは振り子のようだ”

というものである。「モノの出始めはデザインに幅があって、いろいろな形がある」が、時が経過してその「モノが成熟してくると、デザインや形の幅がほぼなくなる」と言うものだ。

 スマートフォンやテレビモニターを例に挙げて説明していただいたが、確かにその通りだと思った。もちろんデザイン自体も成熟すると言うか洗練されてくるため、より最適解に近づいてくるのだとは思うが、そうすると「そのモノの個性がなくなる」。

 「日本の就活女性もそうなのだろうか…」なんて思ったりもしてしまったが、デザインが成熟してしまうと、デザインに「遊び」が入る余地がなくなり窮屈なものになってしまうのだと感じた。

 スマホを筆頭に、いろいろな要素を削り減らすようなデザインが昨今の中心となっているのは確かで、そのような時代だからこそ、その流れにそのまま身を委ねるだけのデザインはしたくないと強く思う。

ビジネス視点

 7月3日(月)、場所によっては30℃を超えるような中、今日の特別講義[みらいのデザイン]の講師は株式会社ヒューマンセントリックスの代表取締役、中村寛治さんだった。

www.humancentrix.com

 

「株式会社ヒューマンセントリックス」とは、企業向けの動画制作を行っている企業だそうで、一般的な広告制作会社とは違う方向性でビジネス展開をしている。

そんな企業の代表取締役である中村寛治さんは、動画やCMなどを制作している企業の社長としては非常に珍しいクリエイター出身ではない方だそうだ。講義内でも、今まで講義を行っていただけた方々とはまた違った視点からの見解を聞くことができた。

 「株式会社ヒューマンセントリックス」という企業は企業に対して動画などを制作しているいわゆる“B to B”の企業なのだが、だからこそ“作ったもに対するフィードバック”が非常に大切になるようだ。現場を経験し、相手からの喜びや感謝の声を聞くことでクリエイターはさらに成長し、さらにより良いモノを制作することができると言う。

さらに、動画などの形のないモノを売る際には、実際に見える状態に持っていかなければ顧客との対話は生まれず、いいモノは絶対に作れないと断言されていた。

“とりあえす形にする”

それが第一ということを何度も強調されていた。

 

 

 

 

 今回の講義は今までの講義とは少し違い、デザイナーやクリエイターの視点ではなく、その“デザイナーやクリエイター”と“ビジネス”とを繋ぐ部分を中心とした内容だったように感じた。明確に“納期”という単語や、“コスト”といったビジネス的側面があっての講義内容であったとおもう。

 

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 しかし、このビジネス的側面は社会に出たら否応無しに付きまとうものであり、大きな企業などのデザイナーやクリエイターになったら分担されていて少し離れた内容なのかもしれないが、1つ前の講義でも多く取り上げられていた“スタートアップ”であったり、自分で事務所をもつようになったらより近くなり、自分自身で管理しなければならなくなるかもしれないものでもある。

 学部生時代、自分が中心的に受講していたプロダクト系の授業であってもコストなどのビジネス的側面はほとんど意識してモノを制作していなかったし、経営というかビジネス的側面を中心に扱う授業というものはなかった。

 どうしても“仕事”としてデザインに関わっていく上では“ビジネス”という部分を「知らない」では済まされない状態になると思う。デザインを行う上で、自分で勉強し知識をつけないといけないと感じた。

モノのあり方

 6月最後の特別講義[みらいのデザイン]講師は、千葉工業大学で実際に教鞭をとられている山崎和彦教授。この特別講義[みらいのデザイン]の科目担当者でもあり、「Smile Experience」という考えで様々な企業とプロジェクトをされていたり、ここ何年かは様々なスタートアップをされているそうだ。

 

 講義の前半は山崎先生のポートフォリオを紹介していただき、どのようなものに関わっていたのかをお話いただいた。IBMに長くお勤めになられていたようで、「ThinkPad」というノートパソコンや「WatchPad」「ThinkPad TransNote」といったような、当時では先進的なプロダクトに携わっていたそうだ。

 

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 ↑ WatchPad

 

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 ↑ ThinkPad TransNote

 

 Appleの「Apple Watch」やWacomの「Smartpads」に近いアイデアというか、製品を2000年代初期に形にしていたということに非常に驚いた。

 

  講義の後半は「みらいのデザイナーになるための模索」ということで、山崎先生が今現在行っているものを中心に様々なデザインに関わることを教えていただいた。特に「スタートアップ」に関わることが多く、デザイナーのこれからのあり方を考えさせられる講義だった。

 

 

 

 

 

 山崎先生のポートフォリオ内の作品の解説を聞いている中で、自分なりの感じたというか、思ったことがある。

 それは、

“「今あるモノ」に新しい要素を加えて「そのモノのあり方」を変化させている”

ということである。そのことによって、今までのモノではあり得なかった新しい体験をデザインしているように思えた。

もしかしたら失礼になるかもしれないし、その当時としてはどうだったかはわからないが、非常に高度な技術を用いていたりするような印象は受けなかった。そのような中で、今までにはなかった体験を得ることができる製品を作られているということは非常に興味が湧いたというか、改めてデザインというものを考えさせられるきっかけになった。

 またその体験をデザインすること、エクスペリエンスデザインをもっと自分のものにできるように勉強しようと思った。

エクスペリエンスデザイン

 6月19日(月)の特別講義[みらいのデザイン]の講師は株式会社インフォバーンの取締役をされている井登友一さんだった。井登さんは人間中心設計首位新機構認定の人間中心設計スペシャリストでもあり、エクスペリエンスデザインを行われている方。

 

 世界的に有名な以下のようなモノ。

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これらは、物理的なモノを作って提供していない。Googleであれば情報を検索するプラットフォームであるし、Facebookもコンテンツを作っているのは自分たちユーザーであって、そこに広告が紐づいてFacebook側に利益が出る仕組みになっている。

 これらはほんの一部であるが、これらは“モノではなく経験を提供している”のである。今まで、日本では特に、モノが重要視されていてサービスと分離されて考えられていた。しかし、近年では大きなサービスの中に関連してモノが存在するようになっている。

 “経験経済”という言葉があるように消費者がお金を払うのが、モノから経験・体験に変わっている。

 そこで、エクスペリエンスデザインの考えが入ってきて、消費者・ユーザーがどのような経験・体験をしたいと思っているのかを考えてサービスを提供していく必要がある。

 

 

 

 

 講義内ではもっと踏み込んだ内容のお話もしていただいたのだが、エクスペリエンスデザインの考え方はたとえデザイナーにならなくとも、今後社会にでて働く上では必ず必要になるとつくづく感じた。

 それ以外にも、人間工学を用いる場面でも同じようにこのエクスペリエンスデザインの考え方を並行して用いることが今後はもっと必要になるのではないかと感じた。今は当たり前のように「人間工学に基づいた◯」のようなキャッチフレーズの付いた製品を目にするが、それらの製品は「持ちやすい」とか「体にフィットする」というようなことしかないように思えてしまう。

 もちろん「持ちやすさ」とか「体にフィットする」というようなことが全問に押し出されていることは間違っていないと思うが、その後ろにはエクスペリエンスデザインの考えに基づいたユーザーの体験や経験をデザインしていかなければならないと強く感じた。

当事者デザイン

 数日前に梅雨入りして、自分の誕生日が近づいていることに気づく時期。そんな6月12日の特別講義は東海大学の専任講師でもある富田誠さん。

 インフォグラフィックスなどがご専門である富田さんの講義では、“当事者デザイン”という考え方(?)というか、概念というか…この“当事者デザイン”ということについてお教えいただいた。

 “当事者デザイン”というものはここ1、2年でできたものだそうで、英語でいうと、“Design it Ourselvesというようになるらしい。「私たちのために、私たちが想像する」というような考えだという。

“公務員がプレゼンなどの資料を作る。分かりやすくしたいけど、外注する費用はないから自分で作る”

というような状況で起こり得るのが“当事者デザイン”だという。

いわゆる「ポンチ絵」と呼ばれる行政などがパワーポイント等でつくるイラストというか図解するものなどは、その現場の職員が自分自身でつくることになる。この部分で、専門家ではない人がデザインするためにどうしていくか…。自分の解釈が間違っているかもしれないが、こういうことらしい。

 

 

 

 デザインを専門的に学んでいる自分からすると、デザインの専門家の必要性が減っていってしまうようで、ちょっと複雑な気分ではあるのだが、現代社会の現状から考えると、確かに必要なことだと思う。デザインのデザインというか、専門的な知識があればデザインすることはできるのは当たり前で、そこから如何にしてデザインの専門的な知識を持たない人たちがデザインを行えるような土台を作っていくか…ということだと考えた。

 ただ単にデザインの知識を教えるのではない方法で、デザイン知識を持つ人たちとデザイン知識を持たない人との壁を取り除くというか、距離を縮める、というようなことは、今後デザインの知識を持って社会に出ていく身として常に意識する必要があると思う。

 「デザイナー」とかではなく「デザインアソシエイター」みたいな名前の役職で、この“当事者デザイン”を進めていくような人が現れたり……しないか。

 

リアルに侵食するネット

 異様に暑い日があったかと思うと、涼しすぎる日がいきなり訪れる。そんなそんな感じで夏になりきれていない6月。その初めの[みらいのデザイン]の特別講師はセミトランスペアレント・デザインSemitransparent Design™代表の田中良治さん。

ネットとリアルが連動する、独自のデザイン手法で様々なウェブ広告を手がけられて来た方だ。

 

 講義内では田中良治さんが関わられた様々なプロジェクト等を紹介いただいた。その中で一番印象に残ったものが、「ザ・コンテンポラリー3 Ghost in the Cell: 細胞の中の幽霊」という展覧会についてである。この金沢で行われた展覧会には、初めはポスターについてだけの参加の予定であったそうなのだが、最終的に“初音ミクの心臓”を展示したものの後ろの背景に映し出される画像ついても関わられたそうだ。

 個人的に、初音ミクという“仮想人格のDNA”を用いてその心臓を展示するバイオテクノロシーアートに惹かれたという部分もあるのだが、それ以上に田中良治さんのおっしゃられていた、

“ネットがリアル(現実)に侵食してくる”

という言葉に一番近いというか、この言葉の印象にぴったりと当てはなる感じがした。この展示の背景に映し出されていた画像にも、AIに初音ミクの画像を大量に覚えさせ、金沢の写真を初音ミクテイストに加工したものを使用していたらしい。この部分も、リアルとネットの境界をあやふやにしているような印象を受けた。

 

 

 

 また、講義内で

「市場調査であったりするようなデータに基づいたデザインというものはもちろん良い方向に進むこともある。しかし、そこからどうするかを考えることが必要である」

というようなニュアンスの、デザイン手法と言って良いのかわからないが、“理詰め”についてのお話があった。ネット上のインタビュー記事の中でも近い内容のことが書かれていたのだが、自分はこのデータに頼りきった“理詰め”というデザインに意識を持っていかれすぎていたように感じた。

 他の講義でも学んだことだが、デザイナーがどう思うかが大切だということを再認識することができた。データという大きな基礎を用意すし、その上に自分というデザイナーが表現したい要素を積み重ねて行くことで、本当の意味で良いデザインというものが完成するように思う。

 自分で言えば、人間工学をベースに自分自身の要素をプラスしてゆく、ということなのだろう。