デザインの歩みと…

 7月10日の特別講義[みらいのデザイン]の講師はタイポグラフィエディトリアルデザインのプロ中のプロ、中垣信夫さんだった(中垣デザイン事務所)。

また、ミームデザイン学校というデザイナーのための最先端技術を学ぶ学校を立ち上げた方でもある(MeMe Design School 2017)。

 

“アナログな私、デジタルな貴方”

というタイトルで、1940年ごろから現在に至るまでの歴史と中垣さんが歩んでこられたデザインを混ぜつつお話いただいた。

 今のようにパソコンなんてものはなく、活版印刷でポスターなどを作っていたという。頭の中では理解しているつもりであっても、今のような情報連絡手段がない時代の印刷過程を実際に見るとその凄さというか、アナログ技術の凄さを思い知らされた感じだった。プリンターなどもないために、今のように完成形のデザインを印刷して関係者に見せることができず、各所に色の配合具合などを指示した別紙もあるなど、社会の一戦での仕事の一片を垣間見た気がした。

 さらに、将来のことについてもお話いただいた。今話題の「AI」という技術の社会進出の影響や、その結果どうなっていくかということを、デジタルのない時代からデザインに携われてこられたプロの視点からお聞かせいただいた。

 

 

 

 お話の中で、自分にはなかった考えがあった。それは、

“デザインは振り子のようだ”

というものである。「モノの出始めはデザインに幅があって、いろいろな形がある」が、時が経過してその「モノが成熟してくると、デザインや形の幅がほぼなくなる」と言うものだ。

 スマートフォンやテレビモニターを例に挙げて説明していただいたが、確かにその通りだと思った。もちろんデザイン自体も成熟すると言うか洗練されてくるため、より最適解に近づいてくるのだとは思うが、そうすると「そのモノの個性がなくなる」。

 「日本の就活女性もそうなのだろうか…」なんて思ったりもしてしまったが、デザインが成熟してしまうと、デザインに「遊び」が入る余地がなくなり窮屈なものになってしまうのだと感じた。

 スマホを筆頭に、いろいろな要素を削り減らすようなデザインが昨今の中心となっているのは確かで、そのような時代だからこそ、その流れにそのまま身を委ねるだけのデザインはしたくないと強く思う。